去川(さるかわ)の関あと


 国道10号線を都城から宮崎の方に進んでいくと,と中に去川小学校があります。その学校のそばにこの関あとがあります。当時は小学校のそばに渡船場があって,旅人は渡し船で関所にたどりつき,薩摩街道を旅していました。ちなみに去川は,昔は国から見て左に流れる川であったことから左流川(さるかわ)と呼ばれていたそうです。
  1852年ごろは,島津(しまず)氏のいきおいがたいへん強く,第16代の島津義久(よしひさ)は,国境(こっきょう)の守りを固めるために,関所を去川に設けました。 そして,関所を守る仕事である御定番(ごじょうばん)を二見岩見守久信に命じたのです。この関所は,薩摩街道の大事な所にあったので,たいへんきびしい取り調べが行われたそうです。 今では,その遺跡(いせき)として門柱を支えるために下にしく石である礎石(そせき)が一つ残っているだけです


国道10号線去川小付近。左の道を川の方に下ると去川(さるかわ)の関あと 。

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