二見家墓石群(ふたみけ ぼせきぐん)


 去川小学校すぐそばにあり,運動場からもこの墓石群が見えます。
 第16代の島津義久(しまずよしひさ)は関所を守る仕事である御定番(ごじょうばん)を二見岩見守久信に命じました。それから二見家は,11代にいたるまで御定番を勤めましたが,1870年の廃藩置県(はいはんちけん)のために関所も御定番も終わりになってしまいました。
 去川小学校裏手にある町道は,昔は薩摩街道(さつまがいどう)と呼ばれ,高岡,穆佐綾,倉岡,佐土原へと続く交通の要所でもありました。ですから,去川小学校の近くには,関所の跡や二見家の屋しき,去川の大いちょうなどがあり,昔を感じさせる物がたくさん残っています。   


墓石への上り口


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